島根県・安来市「吉田酒造」/島根県が誇る銘酒「月山(がっさん)」の魅力を探る旅へ

島根県・安来市「吉田酒造」/島根県が誇る銘酒「月山(がっさん)」の魅力を探る旅へ

国内外で広く愛されている「月山」を醸しているのは、島根県安来(やすぎ)市で300年近い歴史を有する「吉田酒造」。超軟水を用いた酒は、フレッシュでキレのよい味わいを身上としています。現地を訪ね、その酒造りの哲学とともに地元の老舗料亭「停雲」で食とのペアリングもあわせてレポートします。

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いざ日本酒発祥の地と伝えられる島根県へ

空路を利用するのがもっとも早いですが、寝台特急は乗車した瞬間から旅。ワクワク感がとまりません。

空路を利用するのがもっとも早いですが、寝台特急は乗車した瞬間から旅。ワクワク感がとまりません。

「古事記」ではヤマタノオロチを退治した“ヤシオリノ酒”、「出雲国風土記」には神々が酒を造って酒宴を開く様子などが記述されていることなどから、“日本酒発祥の地”と呼ばれる島根県(諸説あり)。目指す老舗蔵は県東部の安来市広瀬町にあります。ちなみにドジョウをすくう踊りで有名な安来節は、幕末から明治時代にかけてこの地で誕生した郷土民謡です。

首都圏から向かうなら、出雲縁結び空港や米子鬼太郎空港などを利用するのが効率的ですが、じつはJR安来駅は、今では運行が激減してしまった寝台特急の停車駅。ということで、東京駅21時50分発の「サンライズ出雲」に乗り込みました。

月山の一帯にあり、山陰・山陽11州を手中に収めた尼子氏(あまごし)歴代が本城とした月山富田(がっさんとだ)城跡。「日本名城100選」にも選ばれているそうです。

月山の一帯にあり、山陰・山陽11州を手中に収めた尼子氏(あまごし)歴代が本城とした月山富田(がっさんとだ)城跡。「日本名城100選」にも選ばれているそうです。

星空そして夜明けと車窓の景色を満喫して朝9時過ぎに到着。蔵に伺う前に訪れたのが月山富田城。安来市屈指の観光スポットということもありますが、この城の名前が吉田酒造の銘柄名「月山」に由来していると知って登ってみることにしたのです。

ネットではハイキング程度とアップされていたのですが、ふだんお酒ばかり飲んで運動不足気味の身には、なかなかハード…。でも山頂から見下ろした光景は素晴らしく、苦労が報われるものでした。

この光景は戦国時代からほとんど変わっていないそうです。

この光景は戦国時代からほとんど変わっていないそうです。

ルーツは広瀬藩の藩公特許による酒造館

威風堂々とした蔵の姿に長い歴史を感じます。

威風堂々とした蔵の姿に長い歴史を感じます。

「創業は1743(寛保3)年。広瀬藩の藩公特許による酒造館として始まりました」と社長の吉田智則(よしだ・とものり)さん。
旧家が1730(享保15)年から「安屋坂店(やすやさかみせ)」という屋号で酒造りを始めたので、その歴史も合わせると約300年に渡り、安来の地で酒を醸し続けてきたことになるそう。享保の改革で知られる8代将軍徳川吉宗公の時代ですから、感慨深いものがありますね。

15年前に家業を継いだ吉田智則社長。

15年前に家業を継いだ吉田智則社長。

煙突の丸囲みの“安”の文字は安屋坂店に由来。旧家の意思も受け継いでいる証しです。

煙突の丸囲みの“安”の文字は安屋坂店に由来。旧家の意思も受け継いでいる証しです。

「江戸時代に月山富田城を有する地を治めていた広瀬藩藩主に、最高の酒“一番樽”を造って献上していました。それが『月山』の名前を掲げるようになったきっかけです」。
この地のシンボルである月山を名乗ることで、お客様に安来で最高の酒を味わってもらいたいという強い想いを感じるエピソードです。

先ほど登ってきた月山が蔵からもしっかりと見えます。

先ほど登ってきた月山が蔵からもしっかりと見えます。

超軟水の名水「お茶の水井戸」を復元して使用

非常に口当たりがよく、なめらかでやさしい水。

非常に口当たりがよく、なめらかでやさしい水。

これから日本酒・月山のこだわりを伺っていきますが、まずは水。仕込みに使用しているのは広瀬藩の歴代藩主が愛飲し、「不昧流(ふまいりゅう)茶道」で最高の水と称された名水「お茶の水井戸」を復元して使用。なんと不昧流茶道の茶室を設けたとされる文献から井戸の位置を特定し、汲み上げているそうで、
「湧いている山から1.5キロメートルほど、酸化しないように導管を巡らせて運んでいるんですよ」と社長。

この水の特徴は何といっても超軟水であること。硬度は0.3で、超軟水の目安の硬度が0~50であることから、“日本一やわらかい水”と表現しても過言ではないでしょう。一般的に酒造りには硬水が向いているとされています、というのもミネラル分などが高いため酵母菌の繁殖が活発になるからです。

現場では酵母選びや量の調整、温度の細やかなコントロール、発酵がゆっくり進むので醪仕込みの日数も必然と長くなり、すべて大吟醸酒なみに手間がかかるのだとか。これほどの超軟水で仕込むのには、地元の水へのこだわりと困難な醸造へ立ち向かう覚悟がないとできないのです。

「でも、私たちの酒ができ上がった瞬間からやわらかくてすぐにたのしんでいただけるのは、この水のおかげ。香りが華やかかつクリアでフレッシュ。熟成はあまりさせずに早く飲んでもらいたいタイプですね」。

蔵の裏には水汲み所が設けてあり無料で開放。プラスチック容器持参のご近所さん曰く「毎日汲みにきます。お茶やコーヒーをこの水で淹れるととてもおいしいんです」。

蔵の裏には水汲み所が設けてあり無料で開放。プラスチック容器持参のご近所さん曰く「毎日汲みにきます。お茶やコーヒーをこの水で淹れるととてもおいしいんです」。

伝統のなかにハイテクも取り入れた酒造り

デリケートな酒質の管理に適したサーマルタンク®も導入。

デリケートな酒質の管理に適したサーマルタンク®も導入。

ここからは蔵に入り、杜氏の足立孝一朗(あだち・こういちろう)さんにご案内(※)をいただくことに。
「社長が継いで少し経った12年前から、社員杜氏として酒造りを行っています」。
まずは米の貯蔵庫へ。積み上げられた袋からは“島根米”の文字が読み取れます。

「酒米は地元島根県産米が中心です。契約農家から玄米の状態で仕入れ、酒蔵内にある精米機で自ら精米しているんですよ」。
銘柄としては、「五百万石」や島根県発祥の「佐香錦(さかにしき)」が多いそう。いずれも早生品種なので、クリアでフレッシュとお聞きした酒質にはぴったりですね。

※取材の一環としてお願いしました。取材時では一般向けの蔵の見学は行っていません。

製造主任は出雲杜氏の足立孝一朗さん。

製造主任は出雲杜氏の足立孝一朗さん。

出雲大社のある島根県らしい、“縁結び”を用いたキャッチフレーズも。

出雲大社のある島根県らしい、“縁結び”を用いたキャッチフレーズも。

15年前に社長が戻ってきた頃は、
「当時は島根県によくあるタイプの熟成がしっかりした、濃い目の味の酒でした」(吉田社長)。
大きなタンクで火入れしていたため、なかなか冷めず黄色味を帯びた清酒だったそうです。
「現在特定名称酒はそのデリケートな酒質を損ねないように、サーマルタンク®で温度を徹底管理。その後瓶詰めしてから火入れし、冷蔵庫で保管しています」と足立さん。

サーマルタンク®や保管スペースの拡張、冷蔵庫の補充など近年設備にかけるコストが増えているそうですが、
「社長は、『伝統を守るということは、その歴史で得た経験を受け続くのはもちろん同時に革新していくことが大切』と常々話しています。最高の酒を造るために必要な設備投資を行ってくれるので現場としては嬉しいですね」とニッコリ。
気の遠くなるような年月を感じさせるたたずまいの蔵ですが、じつは、ハイテクが詰まっていたのでした。

年季を感じる製麹室の表示。

年季を感じる製麹室の表示。

しかし最新の製麹装置が導入されています。

しかし最新の製麹装置が導入されています。

自動濾過圧搾機では通常上部から絞る前の酒を投入しますが、タンクの出し口から入れられるように工夫を施すことで、酸化を防ぐようにしています。

自動濾過圧搾機では通常上部から絞る前の酒を投入しますが、タンクの出し口から入れられるように工夫を施すことで、酸化を防ぐようにしています。

蔵から戻って玄関に隣接した販売コーナーへ。取材時は新型コロナ禍のため、残念ながら試飲は行っていませんでした。そこで社長に月山らしさがわかりやすい4本をチョイスいただき、地元の飲食店で味わってみることに。酒質に合わせたペアリングもたのしめそうです。

月山の多彩なアイテムは、販売コーナーで購入できます。

月山の多彩なアイテムは、販売コーナーで購入できます。

約5万坪の日本庭園と横山大観のコレクションで知られる「足立美術館」。立ち寄らないわけにはいきません。

約5万坪の日本庭園と横山大観のコレクションで知られる「足立美術館」。立ち寄らないわけにはいきません。

日本酒ビギナーでも親しみやすいラインナップ

乾杯はビールでなく、ぜひスパークリング日本酒で。

乾杯はビールでなく、ぜひスパークリング日本酒で。

試飲の舞台は、1933年創業の停雲。ドリンクメニューに月山のアイテムがズラリと並ぶ老舗料亭で、会席コースをお供にテイスティングをしようという趣向です。豊かな素材に料理長が腕をふるった料理との相性を考えながら、じっくり味わせていただきました。

※価格は蔵での購入価格(税込み)で、停雲での提供価格ではありません。仕入れなどの状況で、アイテムによっては停雲で提供していないケースもあります。

創業当時は旅館だと聞いてうなずける端正なたたずまい。

創業当時は旅館だと聞いてうなずける端正なたたずまい。

日本庭園を望む個室。床の間には安来市出身の河井寛次郎の作品が並んでいます。

日本庭園を望む個室。床の間には安来市出身の河井寛次郎の作品が並んでいます。

スパークリング×白子ポン酢

「月山 スパークリング CLOUD(クラウド)」(720㎖/1980円)。

「月山 スパークリング CLOUD(クラウド)」(720㎖/1980円)。

スタートはブラック&ゴールドの格調高いボトルの泡。シャンパーニュのようですが、間違いなく日本酒です。月山の特徴として、酒造好適米の種類や酵母名など醸造に関しての細かい情報はラベルに記載されていません。それは情報の先入観にとらわれず、酒を味わってほしいという考えからだとか。

ちなみに社長の奥様が担当するラベルのデザインやカラーは、味わいやスタイルとリンクさせているとのこと。味覚や嗅覚だけでなく、視覚でもたのしみたい日本酒なのです。

スパークリング日本酒を発売したのは最近のことで、
「日本酒通はもちろん、これまで日本酒に縁がなかった人たちにも、飲んでいただくきっかけになればと考えて造ったのです」(社長)。

シャンパーニュと同じ手間がかかる瓶内二次発酵を採用。とてもキメ細かい泡に、上品でおだやかな吟醸香が立ち昇ります。白子ポン酢とは、はぜるような泡と白子のクリーミーさという対照的な食感をたのしめる組み合わせです。

前菜/白子ポン酢。

前菜/白子ポン酢。

特別純米×鮑の蟹あんかけ

「月山 特別純米」(720㎖/1380円)。

「月山 特別純米」(720㎖/1380円)。

モスグリーンのラベルは特別純米酒で精米歩合は60%、スッキリとした味わいです。まさに“料理を選ばない万能食中酒”とのふれ込み通り。もし会席コースをひとつの銘柄で通すとすれば、こちらですね。強いて一品挙げましたが、ポイントは鮑でも蟹でもなくトッピングされた三つ葉。青く清々しい香りが酒のマスカットやメロンのような香りに重なりました。

煮物/鮑と大根の蟹あんかけ。

煮物/鮑と大根の蟹あんかけ。

旨口特別純米×銀ダラの西京焼き

「月山 特別純米出雲」(720㎖/1380円)。

「月山 特別純米出雲」(720㎖/1380円)。

女子受けしそうな愛らしいピンクの装い。“お酒が初めてという方にもおすすめです”という旨口の特別純米酒で、「ワイングラスでおいしい日本酒アワード2018」で金賞を獲得しています。やさしい香りでフルーティー…全体的に丸い印象ですが、後口はスッキリ。ふくよかな味わいに西京味噌のほのかな甘さが溶け込んでいく様が絶妙です。

焼物/銀ダラの西京焼き 酢レンコン 出汁巻き。

焼物/銀ダラの西京焼き 酢レンコン 出汁巻き。

芳醇辛口純米×朴葉焼き

「月山 芳醇辛口純米」(720㎖/1250円)。

「月山 芳醇辛口純米」(720㎖/1250円)。

味わいにシャープさを想像させるブルーのラベル。月山の定番純米酒は芳醇ながら辛口というバランスの取れた味わいで、後口にはキレが感じられました。出雲流の純米造りで醸すとこうした仕上がりになるそうです。軽快な辛口に間違いなく合うと考えたのが朴葉焼き。香ばしく火が通った味噌の甘さを日本酒がギュッと引き締めるように包み込んで、甘辛が口の中で混ざり合い、やがて昇華されていきました…。

鍋物/和牛朴葉味噌。

鍋物/和牛朴葉味噌。

「月山は口当たりがやさしくて、ラベルもキュート。女性におすすめしやすいお酒ですね」と女将の渡部真奈(わたなべ・まな)さん。

「月山は口当たりがやさしくて、ラベルもキュート。女性におすすめしやすいお酒ですね」と女将の渡部真奈(わたなべ・まな)さん。

広瀬藩の命で誕生してから安来の水と米にこだわり、地元の人々においしいお酒を提供し続けてきた老舗蔵。そこには伝統を継承しながらも、新しいことを取り入れるのを恐れない酒造りの哲学がありました。スタイリッシュなラベルで味わいをイメージしてほしいという発想も斬新。のどかな風景が広がる山間の町で、感性豊かな日本酒を味わう旅に出かけてみませんか?

吉田酒造
島根県安来市広瀬町広瀬1216
TEL/0854-32-2258
アクセス/JR安来駅より車で20分


吉田酒造の詳細はこちら

料亭 停雲
島根県安来市安来町1107
TEL/0854-22-2132
アクセス/JR安来駅より車で4分


料亭 停雲の詳細はこちら

ライタープロフィール

とがみ淳志

(一社)日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート/SAKE DIPLOMA。温泉ソムリエ。温泉観光実践士。日本旅のペンクラブ会員。日本旅行記者クラブ会員。国内外を旅して回る自称「酒仙ライター」。

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