岐阜県から1550キロ離れた北の大地へ移転 新天地で2年目を迎えた北海道・三千櫻(みちざくら)酒造

岐阜県から1550キロ離れた北の大地へ移転 新天地で2年目を迎えた北海道・三千櫻(みちざくら)酒造

岐阜で143年にわたって酒造りを続けてきた三千櫻(みちざくら)酒造が北海道東川町へ移転して1年。現役稼働中の酒蔵が遠く北の大地に引っ越し、さらに「公設民営型酒蔵」という新たな形での再スタートは大きな話題を呼びました。新天地で2年目を迎えた山田社長にこれまでの歩みや今期の酒造りについて話を伺いました。

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岐阜県中津川市で明治時代に創業、六代目を継承し酒造りの道へ

三千櫻酒造は、1877年(明治10年)岐阜県中津川市(旧福岡町)で庄屋の四代目当主、山田三千介氏が酒造りを開始したのがはじまりで、現在社長を務める山田耕司さんで6代目になります。

台湾で日本語教師をされるなど、地元を離れ、日本酒業界とは別の世界にいた山田社長でしたが、先代であるお父様の体調が芳しくなかったことから、家業の酒蔵を継ぐことを決意し、酒造りの道を歩み始めました。

入社して数年後、当時務めていた杜氏が退社し、山田社長が蔵元兼杜氏に就任。
それまでの普通酒を中心とした酒造りから、より上品で繊細な味わいを感じられる純米吟醸酒の製造に力を注ぎ始めると、やがて首都圏にも販路が広がり、「三千櫻(みちざくら)」は日本酒ファンの間で評判のお酒となりました。

台湾での日本語教師の後は、日本に戻って舞台関係の仕事をされていた山田社長。 お酒はほとんど飲めない体質だそうですが、繊細な味わいの日本酒を生み出す技術力は高く評価されています。

台湾での日本語教師の後は、日本に戻って舞台関係の仕事をされていた山田社長。
お酒はほとんど飲めない体質だそうですが、繊細な味わいの日本酒を生み出す技術力は高く評価されています。

悩まされた蔵の老朽化で、酒蔵ごと移転を決意

明治時代に建てられた酒蔵は140年にわたり稼働し続けてきたため老朽化がすすみ、山田社長は10年ほど前から、酒造りの環境に悩まされ始めました。

山田社長:建物が古くなり、だんだん傾いてきたんです。補修工事もしましたが、酒蔵自体、当時建てたままだったので、さまざまな箇所の傷みが目立つようになりました。とくに、酒造りのうえで重要な作業を行う麹室(こうじむろ)の損傷には悩まされましたね。

他社の酒蔵を見させていただいて思ったのは、清潔感があり綺麗な蔵は、日本酒もよいものができている。私は雑味のない上品な酒質を目指していたので、自分の酒造りの環境を考えたときに、日に日に老朽化が進んでいく現場でお酒を造り続けるのはよくないなと思い始めました。

しかし、酒蔵をまるごと改修するには金銭的にかなりの負担に。蔵内の一部分の工事で見積もっても数千万円の費用がかかってしまうことがわかりました。
もともと、中津川の駅から車で30分かかり、バスも日に数本という立地だったことで、遠方のお客さんに気軽に来てもらえないのを残念に思っていた山田社長は、思い切って酒蔵ごと場所を移すのも選択肢の一つではないかと考えたそうです。

山田社長:移転先として真っ先にイメージしたのは北海道です。大きなマーケットに魅力を感じ、そして羊蹄山(ようていざん)がとても美しいので、その麓で酒造りをしたいとも思いました。しかし、町と話をしたのですが、残念ながら移転話はまとまりませんでした。

ところがその後、知人の縁で東川町の松岡町長とお会いする機会があり、酒蔵の移転について話をしたところ、米作りに力を注いでいる東川町の事業と合致することがわかり、町が計画していた公共事業の入札に参加することを決めました。

旭川空港のすぐ近く、北海道のほぼ中央に位置する東川町。 北海道を代表する米の生産地として名高い町です。(写真:三千櫻酒造HPより)

旭川空港のすぐ近く、北海道のほぼ中央に位置する東川町。
北海道を代表する米の生産地として名高い町です。(写真:三千櫻酒造HPより)

“公設民営型酒蔵”の誕生、酒蔵も蔵人も北海道東川町へ

2020年1月、入札の結果、三千櫻酒造が採択されました。
自治体の東川町が酒蔵を建設してその運営を酒蔵が行うという全国でも珍しい“公設民営型酒蔵”が誕生することになったのです。
建設費は約3億5000万円。そのうち5000万円を三千櫻酒造が負担することになり、岐阜の酒蔵の一部を改修工事した場合の予算とほぼ同じ負担額で、新設される酒蔵へ移転できることになりました。
それに伴い、山田社長夫妻と蔵人夫妻2組の計6名が東川町に移住を決意。
現役稼働中の酒蔵の移転は日本酒業界の歴史上でもかなり珍しく、前代未聞のニュースとして話題を呼びました。

山田社長:長く岐阜の中津川で酒造りをしてきたので、地元の方から「さみしくなる」という声もありましたが、“三千櫻酒造が続いていくなら”と、みなさん温かく送り出してくれました。
私も離れるさみしさはありましたが、新しい一歩を進み出した気持ちのほうが大きかったです。

東川町は、北海道らしい長閑な雰囲気がありつつも、小洒落た魅力があり、そして、町長はじめ、町の職員の方たちが一つになって、より素晴らしい町にするために懸命に努力をしています。
人口は約8,500人ですが、その半数は移住者なんです。
豊かな自然や住み心地のよさが評判で、移住する人が年々増え続けているのですが、実際に住んでみてとてもよいところだと思いました。東川町の方々は、やさしくて気さくな方が多いですね。

新しい酒蔵には中津川で使用していた古いタンクや機械も運んだのですが、北海道までの移送費はかなりの金額になりました(笑)。でも、長く連れ添った大切な仲間のような存在なので一緒に来ることができてよかったです。

岐阜県中津川市の酒蔵で使用していた醸造タンクは海を渡って北海道へ。

岐阜県中津川市の酒蔵で使用していた醸造タンクは海を渡って北海道へ。

日本酒の醪(もろみ)を搾る自動圧搾機も岐阜で使用していたもの。

日本酒の醪(もろみ)を搾る自動圧搾機も岐阜で使用していたもの。

「北海道東川町の地酒 三千櫻」の誕生

2020年11月7日、開所式が行われ、東川町で初めての酒造りをスタート。岐阜時代の造り方を変えることなく、これまでと同じコンセプトで「三千櫻」の醸造に力を注ぎました。

山田社長:銘柄名も酒質もこれまでと変えず、今までの「三千櫻」の味を意識して造りました。岐阜のときとは違う“北海道らしさ”は、敢えて何かを変えることで出すのではなく、この地で造られたお酒に自然と表現されると思ったからです。
酒米は、東川町で育った「彗星」「きたしずく」「ななつぼし」を全体の7割使いました。

メインの酒米は「彗星」「きたしずく」レギュラー酒(普通酒)に「ななつぼし」を使用。

メインの酒米は「彗星」「きたしずく」レギュラー酒(普通酒)に「ななつぼし」を使用。

以前に比べてかなりコンパクトになった醸造蔵。 清潔感があり、作業をしやすい導線に設計されています。

以前に比べてかなりコンパクトになった醸造蔵。
清潔感があり、作業をしやすい導線に設計されています。

山田社長:造りを始めてこれまでと大きく違った点は、“仕込み水”。中津川の水は「超」がつくほどの軟水(硬度8)なのですが、東川の水はその10倍くらい。硬度が高くなると酵母が活性化して発酵が進み、味が出にくくなるので、その部分にはかなり注意しました。
でも、北海道の酒米は少し固くて溶けにくいかなという印象こそありましたが、それ以外はとくに苦戦したところはなかったですね。

「発酵が進みすぎないように、醪(もろみ)の温度管理は細心の管理をしています」と山田社長。

「発酵が進みすぎないように、醪(もろみ)の温度管理は細心の管理をしています」と山田社長。

山田さんは5年ほど前に、メキシコに誕生した日本酒蔵で技術指導をしたことがあり、日本の水よりもかなりの硬水(硬度230)を使用して酒造りを行いましたが、日本でできたものと遜色のない、おいしい日本酒を造り高く評価されました。そのときの経験が、『どんな土地や気候条件でも酒造りはできる』という自信になったと語ります。

山田社長:日本酒は『その地にあるもの』で造り続けられてきていますから、造り手は、その土地の気候や米、水と向き合って、おいしい酒を造ることに励むものと思っています。

「東川町産の酒米のよさを生かした酒造りを」と語る山田社長。

「東川町産の酒米のよさを生かした酒造りを」と語る山田社長。

ファーストタンク(最初に仕込んだタンク)のお酒は、「新生・三千櫻」の新酒を待ち望むファンにより発売前に完売。その後、セカンド、サードタンクと続き、多くの方が東川町の地酒となった「三千櫻」を味わいましたが、岐阜のときと同じく、やわらかく上品な飲み口で、お米のやさしい甘みが広がる味わいに、「以前と変わらないおいしい三千櫻!」の声が多く寄せられました。

東川町で初めて醸造した「三千櫻」のファーストからサードタンクのお酒。

東川町で初めて醸造した「三千櫻」のファーストからサードタンクのお酒。

酒蔵内のショップでは、日本酒のほかTシャツなどのグッズ販売も。

酒蔵内のショップでは、日本酒のほかTシャツなどのグッズ販売も。

2年目の造りを迎えて

1年目は休みがほとんどなく、フル稼働だったと語る山田社長。メディアの取材も多く受け、その反響も大きかったと振り返ります。

山田社長:1年目は話題になりましたから「売れて当たり前」と思いましたが、2年目はさらによいお酒を造るために、進化していかなくてはなりません。具体的なところでは、酒米「彗星」の味をいかに引き出していくかが、今期のテーマです。

東川町の米の作付けが昨年の1.5倍になったので、酒米の収穫量が増えて、日本酒の生産数も昨年よりかなり増える予定です。私も造りに参加していますが、東川町に移転したタイミングで、一緒に岐阜から来た蔵人の安藤くんに杜氏を任せていますので、彼を中心にみんなで頑張っています。

昨年から杜氏を務める安藤宏幸さん。

昨年から杜氏を務める安藤宏幸さん。

100年先まで続く酒蔵を目指して

北海道を代表する米の産地である東川町は、全国的にも珍しい、北海道で唯一上水道のない町。蛇口をひねると、大雪山の雪解け水の天然水が流れ出てくる恵まれた環境です。
“お米と水の町“として名高いこの町の地酒として、新たな一歩を踏み出した三千櫻酒造。
山田社長は、100年先まで続く酒蔵を目指していきたいと語ります。

山田社長:酒蔵が稼働中に移転するというのはなかなかないことだと思いますし、今後もそうそうないと思いますが、こうした形で酒蔵の歴史が続いていくのも一つのケースだと思います。私も60歳を超えていますので、ずっと現役でいるのも限界がありますが、自分の後の「三千櫻」は、この東川町の誰かに続けてもらえたら嬉しいですね。東川町の地酒として、これから先ずっと、みなさんに親しまれていってほしいです。

北の大地で新たな一歩を踏み出した三千櫻酒造。
100年先までおいしい日本酒を造り続け、東川町の顔として愛され続けていくことでしょう。

三千櫻酒造株式会社

三千櫻酒造株式会社

071-1402
北海道上川郡東川町西2号北23番地
TEL 0166-82-6631
https://michizakura.jp

ライタープロフィール

阿部ちあき

日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会認定 きき酒師 日本酒・焼酎ナビゲーター公認講師
全日本ソムリエ連盟認定 ワインコーディネーター

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